大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)1590号 判決 1972年11月29日

原告 式町律子

右訴訟代理人弁護士 三原道也

被告 吉村久志

<ほか二名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 山口定男

主文

一  被告らは原告に対し各自金九万八、〇〇〇円と被告吉村久志、同吉村譲二はこれに対する昭和四四年四月一〇日から、被告吉村志郎は昭和四五年八月二一日からいずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告らは原告に対し各自昭和四四年一〇月以降は金一万七、〇〇〇円宛、昭和四六年八月以降は毎月末日かぎり金二万六、〇〇〇円宛支払え。

三  原告のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用はこれを三分しその二を被告らの連帯負担としその余を原告の負担とする。

五  この判決は主文第一、二項につき、原告が各被告に対しそれぞれ金三〇万円ずつの担保を供するときは、その被告に対して仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは原告に対し各自金二一万七、〇〇〇円及びうち金九万八、〇〇〇円につきこれに対する訴状送達の翌日(被告吉村久志、同譲二につき昭和四四年一一月一〇日、同志郎につき昭和四五年八月二一日)から支払ずみにいたるまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは原告に対し各自昭和四五年五月一日からは毎月三万五、九〇〇円宛昭和四七年一〇月一日からは毎月末日かぎり金八万四、八〇〇円宛支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  第一、二項につき仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

≪以下事実省略≫

理由

一  原告と被告らとの間に、昭和三七年五月八日、福岡高等裁判所において、原告は、本件土地を賃料一ヶ月八、五〇〇円で被告らに賃貸することとするが、借地法第一二条による賃料増額請求を妨げないものとする内容の和解が成立したことは当事者間に争いがない。そして原告が被告らに対し昭和四三年七月中に口頭でもって右土地の賃料を翌八月一日以降毎月一万七、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をなし、更に昭和四五年四月一四日付内容証明郵便等で同年五月より賃料を一ヶ月三万五、〇〇〇円に増額する旨、昭和四七年九月七日の口頭弁論期日において同年一〇月一日より右賃料を一ヶ月八万四、八〇〇円に増額する旨それぞれ意思表示をなしたことは被告において明らかに争わないので自白したものとみなされる。

二  ところで、昭和三七年五月八日の前記和解の日より原告の当初の賃料増額請求の意思表示をなす迄の間に満六年を経過し、その間に諸物価が高騰したことは公知の事実というべきところ≪証拠省略≫によれば昭和三七年から昭和四七年迄の各年度における課税標準価格及び課税額は次のとおりとなっていることが認められる。

年度 課税標準価格 課税額

昭和三七年度 一二〇万一、三二六円 一万九、二二〇円

〃三八年度  一二〇万一、三二六円 一万九、二二〇円

〃三九年度  六四七万九、四八一円 二万三、〇六〇円

〃四〇年度  六四七万九、四八一円 二万三、〇六〇円

〃四一年度  六四七万九、四八一円 二万八、八三〇円

〃四二年度  六四七万九、四八一円 三万六、四四〇円

〃四三年度  六四七万九、四八一円 四万六、六八〇円

〃四四年度  六四七万九、四八一円 五万四、八〇〇円

〃四五年度  一、一四一万九、八五三円 七万一、二四〇円

〃四六年度  一、一四一万九、八五三円 九万二、六一〇円

〃四七年度  一、一四一万九、八五三円 未定

右によると、昭和四三年度の固定資産税は昭和三七年度の倍額に達し又昭和四六年度のそれは昭和四三年度の固定資産税の倍額を超えていることが明らかであるから、原告は昭和四三年八月一日からの賃料増額請求をなしうべき事由があるとするのを相当とするが、昭和四五年五月からの増額請求については昭和四三年度における賃料増額請求にかかる改訂賃料の期間から二年に満たないばかりでなく固定資産税も倍額に達していないので、それが倍額を超え、三年間を経過した昭和四六年八月一日よりの増額請求の意思表示としての限度で理由があるとみるのが相当であり、昭和四七年一〇月一日からの増額請求はその事由を認め難い。

三  そこで昭和四三年及び四六年八月一日現在における本件土地の相当賃料について判断する。

≪証拠省略≫によると本件土地の所在地は東に福岡市の中心街である天神に近く西に唐人町商店街に近接しているが、直接的には西公園と大濠公園を結ぶ道路脇にあり、一般にその周辺は飲食店、旅館、病院等を主とする店舗地で普通程度の繁華街であるが、顧客の流れは花見の季節や公園での行事でもない限り通常は少く昭和三七年六月風致地区の指定がなされたが昭和四五年五月にその解除がなされている。

ところで、昭和三七年五月八日前記和解において一ヶ月の賃料が八、五〇〇円と定まった経緯は本件訴訟において必ずしも明らかでないが、≪証拠省略≫を綜合すると、被告吉村久志は本件土地が未だ戦後の瓦礫地であった頃、原告の前夫の実母で当時本件土地を管理していた亡千葉サトから本件土地を賃借したが、原告が本件土地を昭和三二年相続取得するまでの間、千葉サトのために担保流れとなるのを代位弁済して防止してやったばかりでなく換地処分に当っては市に対し有利な換地処分を求める陳情等色々と尽力をしてやったことがあるらしく千葉サトとの間に本件土地の賃貸期限を昭和八一年六月一日迄とし地代を被告久志の同意がない限り増額しないなど同被告にとって極めて有利な賃貸借契約証書及び念書を得ていたものの、右の取極めは相続取得した原告の認めるところではなく、訴訟となって結局前記和解をみるに至ったものであることが推認される。そして右和解は前記のような内容の条項のほか、賃貸期間を二〇年間とし、殊に右賃料増額請求は妨げないが「本件和解の精神はこれを考慮せらるべきものとする。」旨の条項となっていることが認められる。ところで賃料増額請求において本件和解の精神はこれを考慮せらるべきものとするという趣旨は右認定の事実及び各和解条項等から考究すれば要するに、原、被告ら間の本件土地賃貸借に関する過去の一切の事情を綜合勘案して一ヶ月八、五〇〇円の賃料と定めたものであるから、以後の賃料増額にあっては昭和三七年五月八日における賃料一ヶ月八、五〇〇円を基準として相当賃料を定めるという趣旨と解するのが相当である。

右のように原、被告ら間において本件土地の賃貸借につき和解が成立していることからすると右和解条項に定められた賃貸期間は特殊な事情の変更でもない限り本件土地の相当賃料の算定方式としては基本的にいわゆるスライド方式により昭和三七年五月八日現在における賃料額に本件土地の価格上昇率を乗じて算出するのが相当であると考える。ただ固定資産税等の上昇率が当該不動産の価格の上昇率等をはるかに上廻り単に該物件の価格の上昇率で既存賃料をスライドしたのみでは賃貸人の実収入がかえって減少するような不合理な結果を来たさないよう配慮することが必要であると考えられる。

しかして鑑定人岡本新一、同石井瑞郎の各鑑定の結果によると

(イ)  昭和三七年五月現在の本件土地の評価額は

岡本鑑定人   六二〇万六、三三二円

石井鑑定人        八二一万円

(ロ)  昭和四三年七月現在は

岡本鑑定人 一、二八一万〇、五五八円

石井鑑定人      一、三二〇万円

(ハ)  昭和四五年五月現在は

石井鑑定人      一、六七〇万円

(ニ)  昭和四六年七月現在は

石井鑑定人      一、七八〇万円

であることが認められるところ、右岡本鑑定人と石井鑑定人の鑑定の結果を対比するとき石井鑑定人の鑑定の結果が周辺土地の取引実例等を参考とするなど、土地評価に当っての資料も豊富で、より妥当な時価評価とも考えられなくもないが、前記固定資産税課税における時価の上昇率を考慮に入れるときは昭和三七年七月及び昭和四三年七月における本件土地の時価は右両鑑定人の評価額の中間をとり昭和三七年五月は七二〇万円、昭和四三年七月は一、三〇〇万円とし、昭和四六年七月における時価は石井鑑定人の評価額に従い一、七八〇万円とみるのが相当である。

そうすると昭和四三年八月一日現在における本件土地の相当賃料額は昭和三七年五月の前記和解当時の基準賃料八、五〇〇円に本件土地価格の変動率を乗じ左記の算式により約一万五、三四七円となるが、前記のとおり賃料増額請求迄六ヶ年を経過し原告はその間において逐次増額された固定資産税を支払っているだけでなく、本件土地が底地であって賃貸継続中の場合における利廻り算定方式による月額賃料は前記の両鑑定人が

昭和三七年五月現在

岡本鑑定人     一万七、一〇〇円

石井鑑定人     一万五、七〇〇円

昭和四三年七月現在

岡本鑑定人     三万五、九〇〇円

石井鑑定人     二万六、五〇〇円

とそれぞれ鑑定している点からして、前記八、五〇〇円の基準賃料は本件賃貸借当事者間の諸事情が相当斟酌されている結果とは言えかなりの低額であることは否めない事実であるから前記一万五、三四七円にその一割強を加算した金一万七、〇〇〇円を以て昭和四三年八月からの相当賃料と認めるのが相当である。

算式 8,500円×1300万円/720万円=1万5,347円

次に昭和四六年八月以降の相当賃料は前同様、それまでの相当賃料一万七、〇〇〇円に本件土地価格の変動率を乗じた次の算式により一ヶ月の相当賃料は約二万三、二七六円となるが前認定の固定資産税の上昇率がむしろ本件土地の価格の上昇率を上廻り先行している点などの諸般の事情を参酌し、右二万三、二七六円にその約一割強を加算した二万六、〇〇〇円を以て相当賃料と認めるのが相当である。

算式 1万7,000円×1780万円/1300万円=2万3,276円

四  被告らは本件土地の賃貸借における当初の諸事情及び本件土地が特別風致地区内にあることなどを挙げて原告主張の地代増額請求が不当である旨主張しているが、被告らが右に主張する諸事情はいずれも前記和解における八、五〇〇円の基準賃料において既に考慮集約されているものというべきであるから、そのような事由だけでは右基準賃料を物価の上昇率に従ってスライドした前記の認定賃料が不相当であることの事由とはなし難い。しかも特別風致地区の指定は昭和四五年五月に解除されていること前叙認定のとおりである。

五  そうすると本件土地の賃料は昭和四三年八月から一ヶ月一万七、〇〇〇円に、昭和四六年八月からは一ヶ月二万六、〇〇〇円に増額されたものであるところ、被告が昭和四三年八月一日より金一万円の限度で原告の賃料増額請求を認め、その範囲を超えた部分を拒否し、昭和四四年九月三〇日まで毎月一万円宛の賃料の支払をなしていることは原告の自陳するところであるから、被告らは各自本件土地の共同賃借人として、右期間一四ヶ月間、一月当り七、〇〇〇円の残額賃料合計九万八、〇〇〇円と被告久志、同譲二はこれに対する本訴状副本が同被告らに送達された翌日たることの記録上明らかな昭和四四年一一月一〇日以降、被告志郎については昭和四五年八月二一日以降いずれも支払済まで年五分の遅延損害金の支払義務があり、又昭和四四年一〇月以降は本件土地の賃料として一ヶ月一万七、〇〇〇円宛、昭和四六年八月以降は賃貸借終了迄一ヶ月二万六、〇〇〇円宛の連帯支払義務がある。

よって、原告の本訴請求は右の限度において理由があるのでこれを認容し、その余は失当であるのでこれを棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条第一項但書を、仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項を各適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 松島茂敏)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例